感情の処理と認知機能の処理は相互に影響し合う

感情処理と認知処理は相互に影響しあう.

 情動と記憶に関して述べると,一般に情動(特に陰性感情)は,記憶の固定を高める.
 
 Moriら(1999)は阪神淡路大震災の被害にあったアルツハイマー病症例に,扁桃体と海馬の体積量,と地震という情動が付加された記憶の想起に関係が認められるかを実験している.結果として海馬より扁桃体の体積量と地震の想起に影響を及ぼしていることが示された.
 
 しかし,情動は一方的に記憶を促進するだけでなく,心因性健忘のように情動が記憶の想起を妨害することもある.心因性健忘とは外傷体験や強いストレスなどで逆向性に健忘を示す症状である.Kikuchiら(2010)は,解離性健忘を示す症例2名に対し,想起可能な課題と想起が不可能な課題をさせた際の脳活動を比較するためfMRI実験を施行した.想起出来ない際の脳活動は,想起が可能である課題に比べて両側の腹背側外側前頭前野のactivation がみられる一方で,左側海馬の deactivation が見られた.また,この症例2名に対し治療がなされ,このうち1名の症例に改善が見受けられた.治療後の脳活動を治療前と同様の課題で比較すると,症状の改善が見受けられた症例には前回のような前頭前野のactivation と海馬の deactivation が見られなかった.一方,症状に改善が得られなかった症例の脳活動は前回同様の結果が見受けられた.よって,この場合,認知制御に寄与する前頭前野が海馬を deactivation させることによって健忘症状が生じたと示唆される.
 
 感情処理と認知処理の相互作用は,記憶に関してだけではなく注意機能にも見受けられる.
 ヘビやクモなどといった陰性感情を伴う標的刺激に対し注意の捕捉が生じ,また好意のある異性や物といった陽性感情においても注意の捕捉が生じやすくなる.最近,陽性感情による影響によって注意の spotlight が拡大することが示唆される興味深い証拠が示された.Soto D and Humphrey GW ら(2009)は半側空間無視症例に対し,心地よい音楽と不快な音楽を聞かせた際に無視症状,消去症状にどのような変化が見られるかを検討している.結果は心地よい音楽を聞かせた際に症状の改善が見られている.その際の賦活増大領域をみると前頭前野眼窩部や帯状回,扁桃体といった情動に関わる部位が該当した.この結果から,情動に関与する領域が頭頂間溝といった注意の制御に関わる機能を補助または補完することによって注意のパフォーマンスが改善されたことが示唆される.
 上記までに述べてきたように感情と認知機能は相互に影響を及ぼしあうことがわかる.